オホーツク人の石事情 Part 2〜タンネウシ1月号

オホーツク人の石事情 Part 2

平河内 毅

黒曜石の原石(左:光沢状、右:梨肌状)

 

前回までのあらすじ
古代オホーツク人の狩猟面を支えた黒曜石。その原産地と供給源を探るため、学芸員2名による検証がスタートしました(タンネウシコラム8月号No.332を参照)。
オホーツク人の活動圏はほぼ海岸部に限られるため、内陸の黒曜石産地まで原石を取りに行ったとは考えにくいです。そのため、白滝や置戸産の黒曜石が河川の上流から河口へと運搬される常呂川(置戸産)と湧別川(白滝産)のいずれか、あるいはその両方から黒曜石を採取していたと考えられます。
そこで実際に、代表的なオホーツク文化の遺跡から発見された黒曜石製のヤジリの原産地を分析してみたところ、白滝産の黒曜石が主に利用され、補助的に置戸産も利用されていることが確認できました。
これは各河口の黒曜石の量に比例しており、より多くの黒曜石が得られる湧別川河口(白滝産)がオホーツク人の狩猟面を支えていたことがわかりました。

黒曜石の肌ツヤ
一方で、オホーツク文化の黒曜石をめぐってはまだ疑問が残されています。それは黒曜石の肌ツヤに関するものです。
実は黒曜石には割面がザラザラとした梨肌状のものと、ツヤのある光沢状の2種類があります。縄文時代や続縄文時代には梨肌の黒曜石はほとんど利用されないのに対し、オホーツク文化では頻繁に石器素材に利用されています。オホーツク終末期のチャシコツ岬上遺跡では転石面(割る前の面)を持つ黒曜石の欠けらの6割以上が梨肌状であり、一見すると意識的に選んで利用しているようにもとれます。なぜでしょうか。
一説には黒曜石を加熱して梨肌状にし、意図的に黒曜石を強化したとする意見もありますが、果たして本当にそうなのでしょうか。

大きな原石ほど梨肌
前回採取した125個の原石を割ってみると、5 cm以上の原石では梨肌状と光沢状のものの割合は五分五分ですが、7 cm以上の原石では7割が梨肌状でした。
つまり、湧別川の河口部で直径の大きな原石を採取すると、自然と梨肌状のものが多くなるということです。したがって、オホーツク文化だけが梨肌状の黒曜石の割合が高い理由は石器の強化や儀礼的な意味ではなく、湧別川河口部で比較的大きな原石を選択していたという、とても現実的なものだった考えられます。石器づくりのために大きな素材を得たいというオホーツク人の感覚は価値観の異なる我々にも理解できますね。

タンネウシ1月号(表面)

 

タンネウシ1月号裏面

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三浦

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