寄生虫がつくる物質循環 〜タンネウシ10月号

臼井平

流氷から始まる「物質循環」は世界遺産知床を象徴する重要なキーワードですが、自然界には様々な物質循環が存在しています。

「サケ」が結ぶ海と陸域の物質循環
 「海から遡上したサケ・マスが陸域の生態系に大きく寄与している」という話は物質循環を代表する例です。 遡上してきたサケ・マスをヒグマやキツネ、オジロワシなどが食べ、さらには動物によって陸上に運ばれた死体は植物の栄養にもなる…。といったように、サケ・マスは海からの栄養を川や野山へと運ぶ役割を担っていることがわかっています。特に、知床を代表するシロザケ・カラフトマス・サクラマスのサケ科3種は、産卵後は確実に死ぬ生活史を持っているため1匹あたり2kg〜5kgもある死体が森の生物たちの糧となるわけですから、その貢献度が大きいことは容易に想像できます。実際に知床半島のルシャ川では、周辺の樹木には海から遡上したサケ・マス由来の栄養が取り込まれていることが過去の研究により明らかになっており、知床の陸域生態系を支える大切な物質循環と言えるでしょう。
 
「寄生虫」が結ぶ陸域と川の物質循環
 自然界には寄生虫がつくる物質循環も存在します。ハリガネムシという寄生虫は陸域から水域への物質循環に大きく寄与していることが明らかになっています。ハリガネムシは名前の通り針金のように細長い30〜40cmほどの糸状の寄生虫で、カマドウマやカマキリなどのお腹の中に寄生します。驚いたことに寄生した昆虫をハリガネムシの繁殖地である河原(水中)に行くように操作する特徴を持っています。寄生された昆虫は、水面にうつる光の反射に集まる、本来とは異なった習性を持つようになります。寄生された昆虫が誘導され川に入水すると、ハリガネムシは水中でニョロリと昆虫のお尻の穴から出てきます。そして、川の中で産卵し一生を終えるのです。この寄生された昆虫がハリガネムシに操られ、川に飛び込んでしまうときこそ、魚にとっては捕食のチャンスです。栄養たっぷりのカマドウマ等の大型の陸生昆虫は魚にとってご馳走です。ある河川に生息するイワナが、1年間で摂取するエネルギー量のなんと60%がハリガネムシ寄生由来の昆虫であることがわかっています。
 このように、ハリガネムシという細い糸のような、か細い寄生虫が陸域と河川の生態系を強固に結んでいる例もあるのです。

タンネウシ10月号表面
タンネウシ10月号裏面

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