斜里川で巨大イトウが打ち上がる〜イトウの現状と生態〜〜タンネウシ6月号

臼井 平

産卵で弱ったためか体にびっしりと水カビが生え,その様はまさにホッチャレ

斜里川で巨大イトウが打ち上がる

2022年5月11日の夕方、博物館に町民からの通報がありました。「斜里川の河口 で120cmのイトウが死にかけている。」というのです。現地に到着すると 、泳 ぐ力は既になく、呼吸は弱く、その巨体はびっしりと水カビに覆われた状態でした。既に蘇生処置を施したとしても、このイトウが助からないことは 明らかで した 。「 鳥やキツネに食べられる前に資料として回収した方が良い」答えは出ています。しかし、どうしても「殺す」決断ができませんでした。

減りゆくイトウの現状

世界には5種類のイトウの仲間がいるとされています。特に北海道(それとロシアの一部)に生息しているイトウは生態的・遺伝的に、他4種類のイトウ(Hucho 属)とは異なる固有のものとされ、近年は「Para=近い」が頭につき「Parahucho 属」という独立した系統とされています。 イトウの生息数は極めて少なく近年の研究では、北海道内で5,000匹程度と推定されています。うち約60%(約3,000 匹)が天塩・猿払エリアに、約20%(約 1,000匹)が根釧エリアに、そして残りの 20%が朱鞠内湖やかなやま湖・尻別川、そして「斜里川」などに生息していると推定されています。斜里川では「斜里川を考える会」が20年近く調査を続けており,推定個体数は現在20匹程度です。UCN(国際自然保護連合)が発表した レッドリストでは、「EX(絶滅)」のわずか 1つ下のランク、「CR」に選定されています。これは「ごく近い将来で絶滅が予想される生物」という位置付けです。

イトウ減少の要因とは

イトウはなぜ減ってしまったのでしょうか。もちろん開発による「環境悪化」 が最大の原因ですが、イトウの生態に起因している部分も大きいと考えられます。一般的にサケ科魚類は産卵で生まれた川に戻る「母川回帰性」を持っています。しかし、サクラマスやカラフトマスはこの母川回帰性が弱く、柔軟に産卵河川を変更します。これは生息域を拡大する要因につながります。また、生まれた河川が開発や土砂崩れで産卵に適さない危機的状況になった場合の保険にもなります。一方イトウは、この母川回帰性が極めて強く、時に産卵個体の90%近くが生まれた川へと遡上します。驚くべきことに、この母川回帰性は「水系」という漠然とした回帰性ではなく、「支流そのまた支流〇〇沢」と生まれた川そのものへと厳密に遡上する頑固さをもっていることがわかっています。この生態は環境変化に弱く、生態数や環境悪化などの要因も含めて考えると、イトウを取り巻く状況は、 決して楽観的に見ることはできません。

巨大イトウは結局…

話は最初に戻ります。こうした背景 からどうしても殺す決断ができず、この 巨大なイトウの回復力にかけて浅瀬 に添え木をして安置することにしました 。し かしその日の深夜 、やはり気になってしまい様子を見に行くと、イトウは既に絶命していました。博物館に運ぼうと持ち上げると腹から卵が数粒出てきたことから、この春に産卵し次世代に命を繋いでいたメスの個体だとわかりました。博物館で可能な限りのデータをとり、冷凍庫にその巨体を収めることにしました。「今までお疲れ様」と気持ちを込めた合掌とともに。

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