ファーンとリコファイト〜タンネウシコラム8月号
ファーンとリコファイト
内田暁友
夏に楽しみにしているラジオ番組にNHKの「夏休み子ども科学電話相談」があります。特に盛り上がるのは恐竜の質問で、残念ながら植物化石で盛り上がることはあまりないようです。しかし、恐竜化石にくらべ植物化石はかなり身近な存在です。ただし、ある程度の年齢の人にとって、ですが。それはもちろん、石炭とよばれる特殊な植物化石のためです。
昨年、『日本産シダ植物標準図鑑』という図鑑が完結しました。表紙に併記された英文タイトルはシダ植物をFerns and Lycophytesとしています。この図鑑の前身ともいうべき『日本のシダ植物図鑑』をみると、シダ植物にはPteridophytesという単語1つを当てていました。2つの図鑑の刊行には20年の開きがありますが、この間になにがあったのでしょうか。 Fernはシダをあらわす一般的な単語でもあるので見覚えがあるかもしれません。しかしこれと対になったLycophytesとはなんでしょう。これは知床でいえばヒカゲノカズラやヒメミズニラ、イワヒバなどを含む小さなグループです。これらの少数のシダが特別扱いされているのです。
彼らの姿はかなりシンプルで、葉のなかに葉脈(維管束)は1本だけで枝分かれもしません。このような原始的な葉を小葉といい、Lycophytesは小葉類と訳します。一方、トクサやオシダなど大部分のシダや種子植物の葉は大葉と呼びます。 恐竜が活躍するはるか昔、4億年前の古生代デボン紀にはすでに小葉類シダが現れ、続く石炭紀には直径2 m、高さ40 mに達する高木の小葉類が地球上に大森林をつくります。この木が後に大量の石炭となり、この時代の名も石炭紀とされました。 近年の植物系統の研究から、シダ植物は小葉をもつグループと大葉をもつグループとを1つにまとめられないことが分かってきました。大葉をもつシダはむしろ種子植物と同じグループに入ってしまうのです。このように異質な2つのグループからなることを背景に、新しい図鑑では1単語にまとめることを潔しとせず、大葉であるFerns(シダ類)とLycophytes(小葉類)に分けて表現したのです。
近代を産んだ産業革命と、その原動力となった小葉類の大森林。もちろん石炭は化石燃料の主役の座を譲り、現在の小葉類は背格好も種数もごく小さなグループです。しかし研究が進むことでまた位置づけが大きくなり、名前がシダ図鑑の表紙さえ飾るのには歴史の不思議さを感じます。
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平河内
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